安藤裕子「のうぜんかつら」とタバサ君問題について

昨日、安藤裕子アコースティックライブ@熊谷に行ってきました。

彼女の唄を初めて生で聴きましたけど、すごい。声量がハンパない。
あんなに迫力のある「君が好き」というフレーズを聴いたのは初めてです。(「パラレル」)
黒い車の「お楽しみオトナVer」は一番アガりましたね。

さて、序盤で彼女の代表曲「のうぜんかつら」の由来について語ってくれる場面がありました。
彼女のおばあちゃんからおじいちゃんに宛てて書かれたラブレターがもとになっている、というのはtwitterを通じて
知っていたのですが、その「仏壇から出て来た詩にメロディーをつけたもの」を彼女が歌ってくれました。

正確な歌詞は忘れましたが、

のうぜんかつら 咲く道を あなたとふたり 手と手をとりあって 歩いてく

これくらいの短い詩でした。

その後に「のうぜんかつら(リプライズ)」を歌ってくれるのですが、いつもと違った聴き方をすることができました。
とても「映画的な唄だな」と思ったのです。

あなた何を見てたの?
ソーダ水越しでは あなたが揺れちゃって
あたしは迷っちゃって いつか一人になって

二人の時間も泡みたいになって あなたの匂いを一人捜していた

「ソーダ水」というアイテムがニクい。昭和のノスタルジーに誘っておいて、さらに「ソーダ水越し」という視点。
どことなく遠い2人の距離感。彼はきっと積極的におしゃべりをするタイプではなく、2人でいても遠くを見て物思いに
ふけってしまう人なんでしょう。

その彼の肌に触れられた記憶、のうぜんかつらの咲く道。
手と手をとりあって遠ざかっていく2人の背中。

そんなフィルムのシーンが浮かんできます。

当然のようにこの映画の主人公は安藤裕子のおばあちゃんだと思っていたのですが。
ライブから一夜明けて今日、すっかりのうぜんかつらに目覚めてしまった私はリプライズじゃない方の「のうぜんかつら」
を聴いていて気づいたことがありました。

あまりのアレンジの違いにすっかり埋もれてしまっていたのですが、リプライズにはない歌詞があるんですね!

昔見つけた唄は 赤い花の道を
二人がいつだって手と手を取り合って 並んで歩くのよ

私も二人みたいに あなたと並んで いつまでも道を行けると思ってた

つまりは「のうぜんかつら」の主人公はおばあちゃんではなく安藤裕子自身なんですね。
唄の中に唄があって、それはおばあちゃんから受け継がれたもので。
こうした時の流れを感じさせる構造も映画的だなぁとしみじみ恐れ入ってしまいました。

JR高崎線の籠原駅を降りて、ライブ会場である熊谷文化創造館さくらめいとまで歩く道すがら。
開場時間が迫っているとあって同じ方向に歩いていくお客さんがゾロゾロと。
カップルあり、女友達グループあり、私のような男独りも結構いました。

その中で一人の男性に目がいきました。その人も独りで来ていて、眼鏡で長髪、チェックのシャツを
ズボンにインして…という、いわゆる「オタク」っぽい出で立ち。
手にはリボンのついたサマンサタバサの紙袋。きっと安藤裕子に渡すプレゼントが入っているのでしょう。

「ああ、やっぱねえやん可愛いからな、いるよな、こういう人も」

と、最初は若干引き気味に”タバサ君”を眺めていたのですが、

「自分もタバサ君も、安藤裕子が好きであることに変わりはない。男独りで来ているのも一緒だ。
 違いはシャツをインするかしないかくらいなもので、むしろちゃんとプレゼントを用意して渡す
 あたりタバサ君の方が正しいファンな気がする。
 安藤裕子だって、ただCD買うだけでいるかどうかも分からない、何千枚とか何万枚の売り上げの
 下3桁とか4桁に四捨五入されちゃって数字にすら表れて来ないファンよりも、
 会って顔見てプレゼントくれて好きだとちゃんと伝えてくれるファンの方が嬉しいんじゃないか?」

とか考えてしまいました。
だからといってプレゼントを渡すかというとなかなかそこまではいかないのですが…
タバサ君問題は案外根が深い問題なのです。

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