橋元淳一郎『時間はなぜ取り戻せないのか

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時間とは何か?

本書の第二章は以下のような印象的な一文で始まります。

現在知られている物理学の法則の中に、時間が過去から未来へ流れているということを示すものは何一つない(p44)

にわかには信じ難い事実です。誰に教えられた訳でもありませんが、言ってしまえば本能的に、時間は「流れる」ものだと思ってしまっているのです。しかし筆者はこう言っています。

時間の流れを創っているのは、物理的時空ではなく、生きる意思である。

時間は確かに流れるのです。「流れる」という言葉にはある一定の方向性、「不可逆な」という意味が含まれます。この方向性は物理的時空雨によって定められるものではありません。時空においては、時間は空間同様、座標軸はありますが不可逆な方向性を持たないのです。

では、私たちが感じる(少なくとも私は感じてしまう)時間の「不可逆な方向性」は何なのか?筆者は「生きる意思」こそが時間の流れを創っていると言います。


主体的意思とは何か?

物質と生命を隔てるもの、それが「主体的意思」であると言えます。水も空気もダイヤモンドも私たち生命も、分解していけば分子の集まりであることがわかります。分子は原子からなり、原子は電子とクオークからできています。つまりはみんな素粒子が物理法則によって結びついたものです。

水や空気やダイヤモンドと同じく素粒子の集まりである私たち生命を生命たらしめているもの、それこそが主体的意思です。

自らが生きようという主体的意思が物理的構成のもとでうまくシステムとして機能したとき、はじめて生命は秩序を維持しうる

生命の始まりは液体の中であると筆者は考えます。それも極性をもつ水の中で、親水性のリン酸基と疎水性の脂肪酸鎖からなるリン脂質がいくつも並んで小胞を形成し、外界と内界を隔てる生命の第一歩となりました。

しかしこの小胞は物理法則に従ってできた単なる物理的構成に過ぎません。水がかき乱されればすぐに壊れてしまう存在です。システムを維持するためには、システムの構成要素同士がエントロピー増大の法則に逆らって共鳴的に相互作用することが必要なのです。この相互作用、フィードバックこそが生命を生命たらしめているもの、主体的意思です。


主体的意思が時間の流れを創る

生命を形作る細胞はとても小さなものですが、そこには確実に空間的な広がりがあります。そこに空間的な広がりがある以上、細胞内の要素間で行うフィードバックは時間的な隔たりをもって行われます。そしてこの時間的な隔たりは、エントロピーが増大する方向に向かいます。エントロピーが減少する方向はひとりでに秩序が整う方向であり、主体的意思が働く必要がないためです。

エントロピー増大の法則に逆らい生命が生命たらんとして働く、このことによって時間の流れが私たちの主観として立ち現れてくるのです。


感想

時間について考えることが生命について考えることだとは思いもしませんでした。エントロピーやミンコフスキー時空については理解不足でもっともっと勉強したいのですが、それより何より、
本書を読んで最も気になるのは「単なる物理的構成が主体的意思をもち生命となったきっかけ」です。小胞がなにをもって自らを維持するようフィードバックを始めたのか。それこそが「生命の始まり」なのですから。


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